長友選手の糖質制限 ファットアダプト食事法 その医学的根拠とは?

今回は、昨年秋の長友選手の入院からの回復の経緯や、ファットアダプト食事法の医学的根拠についてを中心にご紹介します。

今日の目次

  • 長友を襲った肺気胸
  • 「全治2カ月半」という診断よりも1カ月半早く回復
  • カーボローディングは食後高血糖を招く可能性あり
  • 体脂肪をエネルギー源にする回路を作る
  • ファットアダプトはどんな人に向く?
  • たんぱく質は何をとるのがベスト?

長友を襲った肺気胸

2016年から加藤シェフのもと、本格的な食事改善をスタートした長友佑都選手。試行錯誤する中、1年後からは山田医師も加わり、「摂取する糖質を一定量に抑えて、たんぱく質と脂質は積極的にとる」というファットアダプト食事法に切り替えました。その結果、長友選手は筋肉量が増え、持久力も高まり、着々とパフォーマンスを高めていた。そんな矢先、突如、ハプニングが長友選手を襲います。

『長友佑都のファットアダプト食事法』(幻冬舎)

2018年10月、長友選手は、ドイツのシャルケとの対戦の際にボールが胸を強打し、肺気胸と診断されました。肺気胸とは、胸に小さな穴が開き、空気が漏れ出してしまう病気。確か、嵐の相場君もなりましたよね。長友選手の場合、ボールに強打された左の肺がパンクしたようになり、穴が開いて、空気が入らない状態になっていました。このため、左側だけ肺が小さくなっていたといいます。全身麻酔による内視鏡手術により、穴が開いた肺の部分の切除が行われました。

新著『長友佑都のファットアダプト食事法』(幻冬舎)の中では、内視鏡のオペ後の2週間の入院中、管につながれ激痛に耐えていた状況が描かれています。長友選手は「それまでの32年間の人生で、もっともつらく苦しい体験だった」と語っています。

■「全治2カ月半」という診断よりも1カ月半早く回復

面会謝絶が解除された後にすぐにお見舞いに行った加藤シェフ。長友選手は体力を消耗し体重も落ちていて、アスリートにとって何よりも大切な筋肉が落ちていることを危惧していました。「この状況だとアジアカップは無理だ。諦める」と長友選手も弱気になっていました。

通常、病気からの回復期には、おかゆやうどんなど消化のよい糖質の摂取が望ましいとされます。加藤シェフは食事をどうしたらいいのか迷いました。そこですぐに山田先生に、「早期回復のために何を食事で摂取すればいいですか?」と連絡をしました。すると、山田先生からは早速こんな回答がありました。

「何も変えなくていいです。ファットアダプトの方法で、今まで通り、脂質とたんぱく質をしっかりととってください。なぜなら、肺を作っているのは、筋肉と同じようにたんぱく質だからです。そして、傷ついた細胞の修復には、細胞膜を作っている脂質の摂取が欠かせません。ですから、良質なたんぱく質と脂質を中心とするファットアダプトの継続が、回復への近道になります。その一方で、控えなければならないのは糖質です。糖質過多による高血糖は、傷の修復を遅らせる要因となります。糖尿病も治らない傷によって発覚するぐらいだからです」

この文章って、すっごく大切なことを話していると思います。糖質制限のメリットをすごくよくまとめてくださっているといっても過言ではありません。

的確なアドバイスをいただき、加藤シェフは自信を持つことができました。そこで、ファットアダプトのレシピで作ったスープを毎日、病院に届けました。退院後も、リハビリをしながら青魚など魚を中心とした高たんぱく質、高脂質の食事を作り続けました。

退院後、長友選手は1週間ごとに検査のために病院に通いましたが、そのたびに検査の数値も病状もめきめきと良くなりました。

「諦める」と本人は言っていましたが、結果としては、手術から1カ月後に実戦復帰を果たし、最初から最後まで90分間戦い抜き、チームメイトも驚くほどの無尽蔵のスタミナを発揮しました。アジアカップにも出場できました。「全治には2カ月半かかる」と言っていた担当医師も、予測より1カ月半も早い回復に、「何をしたらこうなるんだ!」と心底驚いていたそうです。

■カーボローディングは食後高血糖を招く可能性あり

ファットアダプトは新しい概念です。糖尿病の食事療法は、ここ10年ほどの間で、世界的に大転換が起こりました。「ロカボ」[注1]が、現代の栄養学の新たな常識を反映した食べ方であるのと同じように、スポーツ栄養学の新たな考え方を反映したのがファットアダプトです。

「ロカボフェスティバル2019」のトークショーで、ファットアダプト食事法について解説する山田悟さん

アスリートの世界では、これまでずっと「カーボローディング」という考え方が主流でした。

カーボローディングでは、運動の際にエネルギー源となるグリコーゲンを増やすことを目的とします。現在一般的なやり方として、レースや試合の本番の7日前から4日前まで通常の食事をとり、トレーニング量を徐々に減らします。次に本番の3日前から当日まで、糖質量を増やします。体内ではグリコーゲンが減ったことにより、グリコーゲンを合成する酵素の活性が高まっているので、ふんだんに糖質を摂取することによってグリコーゲンの貯蔵量が高まるというわけです。

しかし、注意しなければならないのは、日本人は欧米人よりもインスリンの分泌能力が弱いということ。食後高血糖を起こしやすい体質の人は、おそらく2人に1人はいるのではないかと山田先生は考えています。参考までに、2013年の中国における研究では、成人の2人に1人が血糖異常者でした。

こうした人が、グリコーゲンを増やそうとして糖質が多い食事を行うと、食後高血糖が起こりやすくなってしまいます。

アスリート10人を対象に、6日間、血糖値を測る装置をつけっぱなしにして、血糖値がどのように変動するかを調べた研究があります(J Diabetes Sci Technol.2016;10(6):1335-1343.)。すると、10人中4人は、食事から2時間後も高血糖状態で、10人中3人は空腹時血糖も高い状態でした。アスリートでありながら、食後の急激な血糖値上昇と急降下が起こっている、ということがわかりました。中にはその後で低血糖になっているアスリートも見られました。食後高血糖やその後の急峻な血糖降下や低血糖が起こっているということは、運動選手にとって大切なパフォーマンスの低下が危惧されることを示します。

■体脂肪をエネルギー源にする回路を作る

こうしたカーボローディングによる体調不良を自覚したアスリートの中で、運動パフォーマンス、持久力向上のために糖質を制限する食事を選ぶ、という事例が自然発生的に増えていました。そして、その科学的根拠を示す論文が2016年に発表されました(Metabolism. 2016;65(3):100-110.)。

これは、ウルトラマラソンやトライアスロンの選手で、カーボローディングをしているアスリートと、糖質を控えている(すなわちファットアダプトをしている)アスリートに、最大酸素摂取量の65%(中程度)の運動強度で3時間の運動をしてもらい、その前後、さらに、その後2時間安静にしてリカバリーした後の筋肉グリコーゲン量の差異を調べた研究です。リカバリー開始時に、カーボローディングをしている人には高糖質ドリンク、糖質を控えている人には低糖質で高脂質のドリンクを飲んでもらっています。

その結果、長期にファットアダプトをしているアスリートと、カーボローディングをしているアスリートの間に、筋肉内のグリコーゲンの差はありませんでした。つまり、「カーボローディングをしないと筋肉中にグリコーゲンは貯蔵されない」という常識が覆されたのです。

そして、もう1つわかったことがあります。運動中のエネルギー源を調べると、ファットアダプトをしているアスリートの方が、安定して脂質を主なエネルギー源として燃やしていた、つまり「脂質をエネルギー源として安定的に燃やせる体質に変換していた」ことがわかりました。一方、カーボローディングしているアスリートは、確かに主なエネルギー源として糖質を利用してはいたのですが、運動中に徐々にエネルギー源を脂質にシフトさせていました。つまり、カーボローディングをしているアスリートでも3時間、安定して糖質にエネルギー源を頼ることはできていなかったのです。

[注1]「ロカボ」は、一般の人向けの緩やかな糖質制限食のこと。1食20~40g×3回、それに間食10gを合わせて1日70~130gの糖質を摂取する。メタボやロコモの解消、認知症予防などにもつながる。

持久系スポーツで、「長く安定したエネルギー源を確保する」という意味では、もともと体内にせいぜい500gほどしか蓄えられていないグリコーゲンを使おうとするよりも、体脂肪をエネルギー源にする回路を作っておくファットアダプトが有利であると山田先生は考えています。例えば、長友選手であれば、体重60キロ、体脂肪10%とすれば、6キロの体脂肪があるわけですからね。

■ファットアダプトはどんな人に向く?

さて、このファットアダプト、誰もが向いているとはいえず、その人の体質、具体的には糖代謝の状態によります。もちろん、おにぎりを2個も3個も食べても食後血糖値が上がらないような人、つまりインスリン分泌能力の高い人、正確にはインスリン分泌の速い人というほうが正確な表現かもしれませんが、そういう人は、カーボローディングを行っても問題ないです。

しかし、食後高血糖が起こるようであれば、ファットアダプトを意識したほうがいいでしょう。糖代謝の良くない人がカーボローディングを行うと、血糖値の上下動が筋肉のパフォーマンスを低くし、高くなった血糖値を処理するために後から遅れて分泌されたインスリンの働きによって体脂肪が増えたり、あるいはそのインスリンにより血糖値が下げられて、眠気やだるさが起こる可能性があるからです。

加藤シェフは、食事法を決めるに当たってはまず、その人の目的を明確にすることが大切だと思っています。カーボローディングは古いとか、否定しているわけではなく、その人の体質、それに目的によって変わってくるものだと考えるべきだということです。

ただ、自分では意識できていなくても、糖が体に負担をかけている場合があるので注意が必要。親が糖尿病になっている人などは、その可能性が高くなるようです。。やはりみなさんも一度、食後血糖値を測ってみるのがいいと思います。自分にとって食後高血糖が起こらない1食当たりの適正な糖質量が見えてきます。

長友佑都専属シェフの加藤超也さん

食後高血糖、私もチェックしようと思います。ググってみようっと。

みなさんも、たまに「今日は弾けよう」とかいって、好きなもん食いまくって、糖質をたくさんとる日もありますよね?でもその翌日って、寝起きが悪く、体が重くなり、さえない状態になっていることはないですか?これがアスリートだったら最悪ですよね。

■たんぱく質は何をとるのがベスト?

ところで、たんぱく質の摂取源ですが、肉、魚、卵、豆腐などいろいろとありますが、何をとるのがいいんでしょうか?

結論から申しますと、いろんなものをまんべんなく、というのが良いみたいです。それが、安全かつ栄養的にも有効です。

改めて、ファットアダプトとは、「ロカボと同じように、たんぱく質と脂質は、満足いくまで食べてください」という食事法。

2018年に肥満の機序について、ハーバード大学から興味深い論文が発表されています(JAMA Intern Med. 2018;178:1098-1103.)。ここでは、「糖質をとり過ぎることにより高血糖が起こり、インスリンが遅れて過剰分泌することによって後から血糖値が急激に下がる。このときの飢餓感によって食べ過ぎて、肥満が起こる」というモデルを提示しています。

肥満の機序について、新しいモデルが提示されている (JAMA Intern Med. 2018;178:1098-1103.より改変)

今後は、食後高血糖にならないように糖質量をコントロールすることが、肥満予防のためにまず重要である、という考えが主流となるでしょう。「糖質を緩やかに制限し、たんぱく質と油はお腹いっぱい食べていい」という事実をぜひみなさんに知っていただきたいと思い、ご紹介させていただきました。

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