はじめに
「危険な職場」と聞いて、あなたはどんな仕事を連想しますか。
昔は3K(きつい、きたない、くさい)というような言葉も流行りました。
というように、まずは化学工場や建設現場などが真っ先に挙げられるでしょう。
こうしたブルーカラーに比べ、ホワイトカラーは極めて安全な職種だと見なされていました。
しかしながら、産業構造や雇用環境の変化でこれまでの“常識”は通用しなくなってきたようです。
本書『ブラック職場があなたを殺す』(村井章子訳、日本経済新聞出版社)は、数多くの事例や研究結果からアメリカのオフィスワークがいかに危険かを明らかにしています。
「誰もが健康に働ける職場」の実現を望むすべての人に、ぜひ読んで頂きたい本です。
メリルリンチも
原題は「DYING FOR A PAY-CHECK」。
「給料(お金)のために死ぬ」
というストレートな言葉で、働く人々の悲惨な境遇を表現しています。
著者は職場環境が原因となり従業員が自殺や家庭生活の破綻などに追い込まれた事例を数多く取り上げました。
その中には、メリルリンチやウーバーテクノロジーズ、セールスフォース・ドットコムといった大手企業も多く含まれています。
また、仕事のストレスや健康状態に関する研究成果にも幅広く目配りして、ホワイトカラー職場の環境劣化を実証しようと試みました。
格差社会の拡大は知られていますが、世界の大国アメリカで働く人たちが極度に追い詰められているという指摘は衝撃的ですらあります。
著者の紹介
筆者のジェフリー・フェファー氏はスタンフォード大学ビジネススクール教授で、組織行動学を専門としています。
『「権力」を握る人の法則』『悪いヤツほど出世する』などの著書で知られる人です。
組織の権力構造やリーダーシップ論の第一人者が、今回は「過労死」や「ワークライフバランス」の問題に真正面から取り組みました。
豊富な知識と経験に裏打ちされた現状分析は、「働き過ぎ」や「過労死」の問題に直面する日本のビジネスパーソンにとっても大いに参考になるはずです。
仕事と家庭生活の両立ができない
ライドシェアのウーバーは過酷な職場環境で悪名高いです。
エンジニアの一人は、バズフィードのコミュニティに次のような投稿をしました。
「週末にメールが来た。夜の11時に。もし30分以内に返事をしないと、20人くらいから返事はどうしたと責められることになる(略)」
オフィスワークの危険が増している背景の一つには、デジタル経済や生産の効率化の急速な進展があります。
デジタル化の波については、スマートフォンをはじめとする電子端末の普及の副作用が指摘されています。
いつでもどこでも「つながる」状態になったため、オンとオフの時間の区別がつけにくくなってしまったのです。
「回答者の81%が休日にもメールチェックすると答え、55%が夜11時以降でもメールに返信すると答えた」――。
本書はアメリカの事務職従事者を対象とするこんな調査結果も紹介しています。
経営者が長時間労働を命令しているとしたら、改善するには経営者の態度を変えさせれば良いことです。
しかし、ことはそう単純ではありません。
問題は、こうした長時間の実質的な「拘束」を「働く側」が拒めないだけでなく、積極的に時間外のメールに対応してしまう点です。
そこには、厳しい競争や集団の中での「やらざるを得ない」と考えてしまう意識の問題が横たわっています。
「長時間労働も、休日出勤も、長期出張も、家庭との両立困難もあたりまえと受け止めてがんばり続ける人たちの間で働いていると、それが規範になる」
「誰もがその職場のやり方を容認し、唯々諾々と従う。たとえ心の中ではこんなのは当たり前じゃないと思っていても」―。
著者はこう指摘します。ここまで追い立てられる背景には、社会全体で雇用が不安定になっているという現実があるのです。
オフィスの人間関係は生産性に影響する
さまざまなデータから、労働環境が健康に与える影響は深刻化していることがわかります。
その理由の一つとして、仕事そのものの性質が変わってきたことが挙げられます。
とりわけ問題なのは、不安定な雇用が日常化していること。
以前、このブログでも少し述べたことがある、ギグエコノミー(インターネットを通じて単発の仕事を受注するやり方や、それによって成り立つ経済)
におけるフリーランス形態の仕事がその一例です。
一部の予想によると、2020年までにアメリカの就労者の40%は臨時雇用で働くようになるといいます。
日本でも指摘されているように、非正規雇用の増加が職場の安定を損なっています。
ギグエコノミーに象徴されるような、単位ごとに分割化された仕事の仕方は今後さらに広がることでしょう。
そうすると、人々が物理的に集まっているオフィスにおいても、チームとして働き課題を乗り越える喜びを感じにくくなってしまいます。
テレワークや在宅勤務、フレックスタイム制の拡充が進む中、対面でコミュニケーションを取らずに仕事をする機会はますます増えています。
組織で個々のスタッフが孤立する状態だと、精神面でストレスの負荷が増すことになるのは間違いないでしょう。
人間関係が希薄な職場では、生産性を上げることが難しいのです。
例えば、最近は組織の活力を高めてイノベーションを起こすには「心理的安全性」が重要だという考え方が注目されています。
これは、グーグルが社内調査などを重ねて見つけ出したキーワードです。
「この職場(チーム)なら何を言っても安全」という感覚を構成員が共有することを指しています。
成果主義や時間管理の強化、効率化に直進する職場では「心理的安全性」とは正反対のベクトルを向いているところが多いように見受けられます。
「変えるべきこと」と「変えられること」
状況を改善するには、どうすれば良いのでしょうか。
筆者は、コストや生産性ばかりにこだわるのでなく「人間の持続可能性」を常に考えなければならないと繰り返し訴えています。
最終章の「CHAPTER 7」では、改革のために取り組むべきことをいくつか提案しています。
一方、幸福度の測定は健康よりかなり複雑にはなるが、けっして実行不可能ではない。
ただし、幸福度やメンタルヘルスを計測する際にはさまざまな尺度が必要になるし、健康調査のように単項目というわけにはいかず、質問項目が多くなる。
健康診断やストレスチェックを通じて従業員の「体と心の健康」に常に目配りすることは基本中の基本です。
病気になってしまうスタッフが増えたとしたら、その原因を調べ、企業として取り得る対策を迅速に導入することが経営者の責務です。
こう指摘した上で、筆者はさらに踏み込んだ対策を提案しています。
一例が従業員の「幸福度」の測定です。「職場のストレス」「仕事と家庭の両立」「仕事の裁量」などに焦点を当てて数値化する仕組みで、いくつかの手法が開発されているといいます。
この分野で、人工知能(AI)の利用も含めテクノロジーの開発を進めるべきでしょう。
筆者が本書を執筆した狙いは、現状の告発だけではありません。
問題提起と政策提言にも紙幅を割いています。
著書の締めくくりの部分で「もしこの本が働く人の健康に資する研究や調査を一段と刺激するようなら、それは大きなよろこびである」と記しています。
そして「経営者は職場環境をいかに改善すべきかという議論が活発化するようなら、私の研究はかなり報われたと言えよう」と心情を打ち明けます。
フェファー氏の投げかける問題は、日本の「働き方改革」がどうあるべきかという議論を進める上でも極めて参考になることでしょう。
おわりに
「働き方改革関連法」が成立して以降、ブラックな職場環境は社会的害悪なのだという意識が高まっています。
ところがブラック職場で働く人は、そこからなかなか足抜けできません。もっと勇気を持ちましょう。仕事を辞めるにもエネルギーがいりますが、そんなの我慢してブラックで働くエネルギーに比べたら全然大したことありません。
ちなみに、そういった人たちが職場を辞められるのは、基本的には以下の3つの条件のうちのいずれかに遭遇したときだそうです。
(1)最後の決定打となるひどい事例にぶち当たる
(2)家族や友人が、辞める決心を手助けしてくれる
(3)心か身体が本当に病気になる
ブラック職場で働いている、あるいはブラック職場に苦しめられている家族・友人・知人がいるという方には、まず第6章をお読みになり、「ブラック職場を辞められない心理的要因」を知ることをお勧めします。
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