大企業からの転職・起業 リンクアンドコミュニケーション

リンクアンドコミュニケーション(東京・千代田)は「カラダかわるNavi(ナビ)」や「カロリーママ」などの健康管理アプリを手掛けるスタートアップ企業。渡辺敏成氏(56)は2002年7月から17年間、創業社長として同社を率いてきました。自身の体を自分で管理しながら、「みんなが健康で元気になれる社会を、まずは日本からつくりたい」と語ります。

レストランでの食事の際、運ばれてきた料理をスマートフォンで撮影する人の姿は、もはや当たり前の時代ですよね。もう、「インスタ映え」って言葉も当たり前のように飛び交い、外食の時だけでなく、自宅でも自分や家族が作った一皿や日常の風景を撮影してSNS(交流サイト)にアップする人もかなり増えました。

リンクアンドコミュニケーションが提供する主力の健康管理アプリ「カラダかわるNavi」は、法人契約を結んだ企業・団体の従業員が利用できるシステム。契約を結んだ法人数は3500社を超えました。人工知能(AI)技術を活用して、撮影した料理の画像から250種類以上の料理についてメニューや量、カロリーなどを計算して、健康管理アドバイスにつなげます。

スマホで料理撮影、AIでカロリー把握

「料理の横に置いてある割り箸やスプーンの大きさから、皿の中にある料理の量を割り出して計算する仕組みです。今やほとんどの企業が、社員の健康管理に気を使うようになったことは、アプリ普及の追い風になりました」と渡辺社長は説明します。

アプリに日々の食事を記録していくと、次の食事で「もっと野菜をとりましょう」など、約3000万通り以上の中から適切なアドバイスがチャット形式で表示されます。3000万通りとはすごいですよね。気が遠くなる数字です。ちなみに、個人が使えるアプリとしては「カロリーママ」を16年からスタートしており、それを磨いて法人向けにしたのが「カラダかわるNavi」です。あなたは使ったことがありますか?

「食から医療を考えて健康になろう」――。アプリで実現を目指す世界は、実は渡辺氏が企業人として歩んできた人生を凝縮しているようでもあります。

「食への執念はそんなに強いほうではなかったと思うが、就職活動をする中で味の素にご縁をいただいてから、強く興味をひかれるようになりました。ただ、(卒業した)一橋大学商学部経営学科で野中郁次郎教授をはじめとする、個性豊かで様々な先生からケーススタディーを中心に学ぶという薫陶を受けるなかで、入社した後も『いつかは自分も事業を立ち上げたい』と考えていましたね」と渡辺氏。

中華料理店でパラパラのチャーハンづくりを会得

味の素でシステム開発や冷凍食品の商品企画を担当した渡辺さん。その後、医療従事者向けの専門メディアを展開するケアネットで新規事業の立ち上げを経験。それらのキャリアが起業につながりました。

味の素に入社する前は商品企画や営業といった「花形」の部署を希望した渡辺さん。しかし、文系出身ながら経営学部で「意思決定の数値化モデル」などをプログラミングして求める講義を、金子郁容・元一橋大教授(後に慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)から学んだからか、入社直後は情報システム部にシステムエンジニアとして配属となりました。

味の素に入社した直後の配属は思い描いた「花形職場」ではなかったといいます

「最初は不満で意気消沈しましたが、社内の様々な部署――会計システムの効率化だとかマーケティングの意思決定支援システム、販促活動・広告のタイミングなどを割り出すプログラムを書く経験を積むことができました。おかげで経営というものの全体像が見えてきた感じがしました」

このプログラムに関する業務というのは非常に素晴らしい経験だったと思います。プログラミングは今後間違いなく重宝されるスキルです。私も勉強が滞ってしまっていますし、方向性がまだ見えていない感じですが、継続は力なりなので少しづつでもやらなければならないなと思っています。

さて、彼はその経験を得て大阪勤務となり営業部門に異動。その後、本社に戻って希望していた家庭用の冷凍食品の商品企画・開発を担当するようになりました。

思い出深いのが、レンジで「チン」して食べられる五目チャーハンの開発だといいます。それまでの調理法を踏襲したままでは「パラっと炒めた感じが出なかった」(渡辺氏)。そこで東京の有名中華料理店に通い詰めて「作り方を修業させてほしい」と頼み込み、専用の炒め油でコメ粒をコーティングする調理法を習得。本格的な「コメの一粒一粒がパラっとしたチャーハン」の開発にこぎつけました。

何事も経験ですね。こういった面白い貴重な経験ができる仕事というのも広い意味で言えば魅力的ですよね。私の今の勤務先にはこういったことがほぼないので、見識が広がりません。だからこそなおさらすべて自分でやるしかないんです。あなたの勤務先はどうですか?

「当時の冷食業界は、半年ごとに新しい商品を次々と開発して、スーパーなどの小売店で売り場を確保することで『シェアさえ取れていればよし』とする風潮がありました。チャーハンでもギョーザでも本格的な商品を作り込むことで、シェアよりも利益率を重視しようと全社的に切り替えた時期でした」と渡辺氏は振り返ります。

「本社管理職」の地位を捨てて起業模索

商品開発数が減ったことで、小売店からは「味の素さん、やる気ないんですか」と揶揄(やゆ)されることもあったそうです。しかし、その時期に本格的な商品づくりにこだわったことが、後に味の素の冷食部門が業界トップの地位に登りつめるきっかけになったそうです。

転機が訪れたのは1998年の夏。新規に自分で起業したいという意欲がわき起こり、「このまま会社にいても事業については深掘りできるが、会社全体の経営について学ぶには時間がかかりすぎる」と思うようになりました。「あと1年くらいがんばれば、管理職にもなれるのに」と上司らに引き止められましたが、決意は固かった渡辺さん。98年末に仕事納めの日を迎えると、同僚らの前で退職することを告げ、99年2月に味の素を去りました。

ベンチャー企業への転職にあたっては「3年間だけ」と注文を付けたそう

同じころ、横浜市立大学で患者を取り違えるという医療過誤による事故が起こりました。「これが妙に心に引っかかり、ヘルスケア業界に興味を持つようになりました。食と同じく生活に関連する分野であり、医療従事者は一生懸命がんばっている一方で、医療に対しては不満の声が多かった。『解決すべき課題が多い分野だ』と思うようになったんですね」と語る渡辺さん。

でも、医療のことは全く知りませんでした。どこかで勉強しようと思って行き着いたのが、96年に医療情報提供サービスを創業したばかりの若い企業、ケアネットでした。

同社を立ち上げた大野元泰・現会長兼最高経営責任者(CEO)はあのボストン・コンサルティング・グループ(BCG)を経ての独立起業でした。「退職する人を見つけるのが当時は難しかった味の素で、辞めてBCGに転職した先輩がいたので、その人を通じて紹介してもらいました」とのこと。人脈はどこで役立つかわかりませんね。

医療従事者向け専門テレビ番組を立ち上げ

ケアネットは当時、郵政省(当時)から委託放送業務の認定を受けて、衛星放送事業者のスカイパーフェクTV(現・スカパー)を通じて、医師や医療従事者らに最新の医療情報コンテンツを届ける会員制チャンネル「ケアネットTV メディカルチャンネル」を始めようとしていました。大学の医学部などから離れて医師が自身で診療所やクリニックを経営すると、最先端の手術や医薬品の処方など専門知識の習得や収集が遅れがちになるとのギャップに目をつけて始めたサービスでした。

そのタイミングでケアネットの門をたたいた渡辺氏は、「自分自身も起業したいので、3年間だけお世話になりたい」と条件をつけて入社したといいます。

ケアネットが新たに始めたコンテンツ事業の責任者に就いた渡辺氏は、素人ながら自身で番組編成を手がけるとともに、大学所属の医師らに内容を監修してもらい番組づくりにまい進しました。アンケートを取っては番組内容を改良し、また診療所同士が繁閑に合わせて連携できるようなシステムを導入するなどで、医師のネットワーキング化を図りました。

「番組を続けるには、衛星使用料やその他の経費を合わせて毎年5億円の固定費を支払わねばなりませんでした。1万人以上の会員を集められれば収支トントンになります。ただ、スカパーの受信機がないと診療所側も見られないので、最初は受信機を購入すれば契約をタダにするなどで広めて、2年目に会員1万人まで持っていって軌道に乗せました」

ケアネットに入社して「マーケティング部長」の肩書でスタートして以降、事業を軌道に乗せていく中で執行役員、常務取締役と昇進していました。新規事業をゼロから立ち上げて収益化したことは、起業をしようと考えていた前だっただけに「大きな自信にもなりました」と語る渡辺さん。

そしてちょうど入社3年がたったころ、新たなきっかけに遭遇。部下だった入沢正幸氏が会社を辞めるということで相談を受けたのです。ニチイ学館からケアネットに転職した入沢氏は「介護ヘルパーの資格をとって何か考えようかな」と話していたといいます。入沢氏の人柄と能力を高く評価していた渡辺氏は「自分も起業しようと思っている。辞めるなら一緒に新しいことを始めないか」と持ちかけました。

02年2月にケアネットを退社すると、二人三脚での新しい船出が始まりました。同年7月にリンクアンドコミュニケーションを設立。入沢氏は共同創業者として、また渡辺氏の右腕として、現在も取締役副社長として走り続けています。

考え方は人それぞれですが、ずっと同じ会社で平凡に暮らすのが悪いとは決して言いません。でも、「つまんない」と私は思います。だからこそ私はたくさん転職してきました。そして今は、独立起業に向けて頑張っています。あなたも渡辺さんのように野望を持って、自分という人間の一度きりの人生、見直してみませんか?

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